構成/高橋厚子
『8月の現状』(*1)はフィッシュマンズとしては『Oh! Mountain』(*2)以来2枚目のライブ盤(?)となります。
フィッシュマンズのライブの気持ちよさを口で説明するのは大変難しい。というか、説明すること自体かなり野暮のような気もしますが、あえて言わせていただくならば、ぐわわーっと熱を上げといてしゅるるーとクールダウンさせる心憎さとでも申しましょうか。ポケットの中の幸福が宇宙規模の大らかさで演奏される快感とでも申しましょうか。うーむ、全く説明になっていませんね。
「いや、だから、とにかくね、彼らのライブの凄さの秘密は緻密さにあり、緻密を緻密と感じさせないところにあり、俺は、俺は、この日本が誇る、いやいや宇宙が誇る、っちゅうか世田谷が誇るライブバンド、フィッシュマンズのライブ盤がどうしても出したかったんだよ〜〜〜〜〜〜〜」
というわけで、以下、フィッシュマンズ担当ディレクター佐野氏に、『8月の現状』にかける意気込み&フィッシュマンズに対する愛情のほどを熱くア・ツ・ク語ってもらいます。
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――まずは今回ライブ盤を出すに至ったいきさつを。
佐野:それは僕がGrateful Deadの隠れファンで、しかも機材オタクだからなのです。すいません、ちゃんと話します。言いだしっぺは僕なんです。95年にフィッシュマンズがポリドールに移籍してきてから、当たり前ですが、ライブを何回も観たわけですよ。で観るたびにアレンジが緻密で、しかも毎回変わるし、ダビーなエフェクトも含めて、ストイックで……突き詰めたライブをやるわけですよ。すげぇなと。
――そうでしょうそうでしょう。
佐野 あと、『空中キャンプ』(*3)を作るときに自分たちのスタジオが欲しいということで、当時としては画期的なプライベート・スタジオ=ワイキキスタジオを作るっていうところから“ポリドールイヤー”は始まって。で、スタジオに機材を集めていく段階で、この機材を使ってライブを録れないかな、と思ったわけなんですよ。
――で、録り始めたんですね。
佐野 96年のツアーからテープを回し始めました。さすがに全部のライブではないですけど、東京・大阪・名古屋を中心に。そのうち『LONG SEASON』(*4)のライブ・ヴァージョンがまた何ヴァージョンも出てきたんで、これも全部回しておこうと。
――作業的にはどんな感じで。
佐野 ライブもレコーディングもずっと一緒にやってたZAK(*5)とのコラボレーションを、「WALKING IN THE RHYTHM」(*6)のリミックス以降、解消したこともあって、今回はZAKを引き継いでライブのPAを担当している、西川さん(*7)にレコーディング及びミキシングをお願いしようってところで、今回のライブ盤を手懸けていただきました。
最初全部DATにおとしてコピーするところから始めたんですけど、とにかくテープがものすごい量になって(泣)。機材トラブルにも恵まれまして(笑)、結局、スタジオには2ヶ月程篭ることになりました。
僕としてはライブの演奏をストレートにっていう内容でもOKだったんですけど、そこはそれ、フィッシュマンズの皆さんなんで(笑)、ライブのニュアンスを残しつつのダビング&エディットやミキシングも含めて、新しいモノになってますね。
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――全11曲……
佐野:78分58秒に決定しました!
――その『LONG SEASON』が入ってないじゃないですか! 佐野:あれ入れちゃうと、あれだけで終わっちゃうんですよね(涙)。
ま、そのうち“LONG SEASON BOX”でも出せばいいじゃん!とか僕は勝手に言ってますけど(笑)。
ちなみに、選曲やどのテイクを使うかに関しても、メーカーディレクターの手を煩わすことなく?すべてメンバーが決めています。セルフ・プロデュースアルバムなんで当然ですけど。僕とメンバー間で決めてたことは、一枚ものにすること。収録可能な限り目一杯曲は入れよう。機材や場所を含めてどこでどのように作業するか段取り等々ですかね。
――それにしても最近のフィッシュマンズのライブは凄みすら感じさせますね。
佐野:ちょっと熱い語り入っちゃいますけどね! 日本では珍しいスタイルのバンドだと思いますよ!
いわゆるヒップホップの感覚を持ってるアーティストって、DJとか自宅での打ち込み派の人が比較的多いじゃないですか。ここ数年、そういう作品もたくさん出てきてますよね。
ただ、フィッシュマンズが彼らと決定的に違うところは、ライブバンドとしての体質が備わってるってとこですよね。生の演奏でグルーヴ感が出せる。
しかもあのライブで、基本的にはシーケンサーを同期させたり、テープを走らせたりといった類のことはしていない。サンプラーをうまく使ってはいますが、基本はアイデアと体力みたいな。
ライブ盤のラストを飾る「新しい人」はスタジオライブなんですが、あのテンポで生でやりますか、グルーヴだしますかっ。みたいな、そう、そうなんですよ、フィッシュマンズはライブなんですよね!ライブバンドなんですよ!
――それとフィッシュマンズはCDの内容をいかにライブで再現するかっていうところから突き抜けちゃってますよね。
佐野:大抵レコーディングが長引いちゃうんでツアーのリハの時間が短くなっちゃうんですね。大好きな?!プロモーションの時間もありますから。
で、レコーディング終わりました、じゃあシングルの曲やってよって言ってもアレンジ詰めきれないよって(笑)。
でマネージャーに、状況聞くと、前の曲もアレンジし直してると、詰めきる前にやるのはどうかと思うっていうんで、移籍一発目の「ナイトクルージング」(*8)も最初のツアーではアンコールで洒落でイントロしか演奏しなかったりとか。お客さん帰らなくて困りましたね。「そこまでやってなんだよ」みたいな(笑)。
ストイックというか、真面目というか、追求してますよね。
――レコーディングでは完結しないわけですね。
佐野:終わらないですね。どんどん曲が変わっていって、面白い。そういう意味では、ひとつのバンドの理想形的なところを自然にいってるような気がするんですよ。パッケージされた形とか、ここはこうやってっていうお約束ってあるじゃないですか。
シングルなんでレコーディングと同じようにやろうみたいな。そういうことはまったくないですね。
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――そうやって曲がどんどん発展・変化していくなかで、言ってみれば途中段階のものをパッケージングするわけですよね。ジレンマはないですか。
佐野:いちばんいいのはライブ盤をマメに出すことですね。たまったもんじゃないですけど(笑)。
メンバーも勘弁してくれって言うと思いますけど。
……今回もわりと手の込んだ感じで、編集で手を加えてる作品になってますが、彼らの考え方としては、長く聴ける作品を作りたいってことなんでしょうね。
ライブは瞬間瞬間のものなんで、それをライブ盤としてCDにするっていうことに関しての作品づくりには、また違う要素が入ってくるんだと思います。
――ところで「ナイトクルージング」にはBIKKE(TOKYO No.1 SOUL SET)のライムが入ってますね。
佐野:去年神戸で共演して(*9)、東京ではBIKKEと(渡辺)俊美さんがゲストで参加してくれたんですよね。これは“闘魂’97”ヴァージョンのほうですね。
――「ナイトクルージング」の間奏でソウルセットが聴けるという。佐藤君のヨコにBIKKEがいる絵を想像しながら聴くのもいいですね!
佐野:まあ、いろいろいじってますけどね(笑)。でも、かなりいい感じでフィーチャーされてますよね。
――最後にアルバムタイトルの『8月の現状』とは。
佐野:××すぎて、とてもワタシのクチからは……。タイトルは基本的に佐藤君が決めるんですが。なんか文学的だよね!とか、それぞれの人が膨らませて解釈していただければと思います。
――はぁ……。
佐野:とにかくですね、『空中キャンプ』『LONG SEASON』『宇宙 日本 世田谷』と3枚のアルバム=ワイキキ3部作が出て、それをベースにしたツアーをやって、その間の、そして現在のフィッシュマンズの集大成ともいえるアルバムなわけです。ライブっぽいといえばライブっぽいし、ライブっぽくないといえばライブっぽくないし。フィッシュマンズの独特な空気感を感じとってもらえればなぁと思いますね。
――セルフ・プロデュースになったこともあって、新しいスタートともいえますね。
佐野:そうですね。この先のフィッシュマンズのヒントが隠されてるかもしれませんね。
『8月の現状』リリース後にはツアーの予定もありますし。秋にはまさに待望の新曲でシングルも出す予定ですしね。僕は気合い入ってますよ! ええ!
Page5 本文*注釈
*1:『8月の現状』……98年8月19日、ポリドールよりリリース予定の偉大なるライブアルバム。
*2:『Oh! Mountain』……95年3月17日リリース。前所属レコード会社、メディアレモラスへの置きみやげ? にしては素晴らしすぎる、ライブ盤にしてほとんどベスト盤的内容のアルバム。
*3:『空中キャンプ』……96年2月1日リリース。ポリドール移籍第1弾アルバムにしてワイキキ第1作。前作『ORANGE』との変化の大きさに戸惑った人間も少なくなかったらしい。
*4:『LONG SEASON』……96年10月25日リリース。シングル「SEASON」のリミックス40分大作ヴァージョン。97年に出演した各種イベントはこの曲1曲だけ演奏するケースがほとんどで、演ってるほうは大変なわりに、共演者からは「選曲の苦労がなくていいなぁ」などと言われていたらしい(ガックリ)。観客はあっちの世界に飛ばされてしまい、帰ってくるのに大変だったらしい(ウットリ)。
*5:ZAK……エンジニア。プロデューサー。ライブP.A.。4thアルバム『ORANGE』以降の共同プロデューサー。
*6:「WALKING IN THE RHYTHM」……最新アルバム『宇宙 日本 世田谷』収録曲にして、リミックス・ヴァージョン4曲を収録したマキシ・シングルとして97年10月22日リリース。
*7:西川さん……西川一三。元心斎橋クラブクアトロのモニター・エンジニア。
*8:「ナイトクルージング」……95年11月25日リリース。『空中キャンプ』の先行シングル。
*9:去年神戸で共演して……97年5月31日、神戸チキンジョージにてフィッシュマンズとTOKYO No.1 SOUL SETとの対バンイベントが行なわれ、その流れで6月7日、日比谷野外音楽堂で行なわれた“闘魂’97”にはソウルセットよりBIKKEと渡辺俊美がゲスト参加した。
ちなみにその後のフィッシュマンズ@新宿リキッドルーム公演ではソウルセットに加えてスチャダラパーのメンバーの姿が目撃されていたりもする。
構成/高橋厚子 ※『フィッシュマンズ版/宇宙 日本 世田谷語辞典』(非売品)には大変お世話になりました。
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